足 その後Ⅱ

膝の状態は日毎に良くなり、階段の昇り降り(手摺を利用)以外の平地での歩行に杖は必要なくなったようだ。今日も会社に杖を持っていったのに、帰りにはすっかり忘れてしまったほどだ。
しかし、腫れは未だ残っている。膝上の表側?と膝下の裏側が腫れていて、右膝と比較すると大分太さ?が違う。怪我当初と現在の写真をお見せすればよいのだが(実は撮ってない)、歩き過ぎで磨り減り短くなった足はみっとも無くて(ヒルに喰われた痕も多数あるので)見せられません。

話しはに変わりますが、29日(孫の写真を載せた日)にはハイハイができなかったのに(後ろに下がってしまう)、今日になったらちゃんと前に進むようになりました。自分の子供達のときの記憶はあいまいですが、孫の成長の早さには驚いています。 
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21:50 | 今日は | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

足その後etc

膝の状態は、当初に比べると大分良くなってきた。短時間なら杖無しでも歩けるが、サポーター無しだと未だダメ! 風呂に入る時は外さねばならないが、膝を直角くらいまで曲げられるが、横に捻れると猛烈な痛みがはしる。今日も医者に「ともかく安静に」と云われたが、それに従うのが早く治すコツ?だと思う。 とにかく早く復帰したい、ただそれだけが願い…。

昨日山仲間が、山菜好きな私のためにコシアブラを採ってきてくれた。
コシアブラ
今晩テンプラにして塩で食べたが、美味しいことこの上なし!  

暇ついでに  の写真でもご覧下さい。
 みつば

みつば1
もうじき7ヶ月になる女の子。一人で座れるようになり、下の歯も2本はえてきた。     
21:10 | 今日は | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

山遊び不可

25日ちょっとした不注意で、左膝の骨にヒビが入ってしまった。
医者から当分の間安静にと云われ…

以前から滑りやすい場所なので注意、と思っていた所で左足を滑らせてしまった。ただ滑っただけなら良かったのだが、悪いことに膝を曲げた(正座した)状態でコンクリートの床に着地してしまい、膝を強打してしまった。医者に診てもらった結果、膝蓋骨(膝のサラ)と靭帯はなんともないが、大腿骨下端にヒビが入ったとの事。そのせいで膝に血が溜まり、25・26両日100cc強づつ抜いてもらった。大分おさまったが、まだ腫れている。
冷湿布と両側に金属板の入ったサポーターで保護しているが、左に体重を掛けることが出来ず、杖がなければ歩けない状態だ。平成3年に右膝外側の靭帯を伸ばした時にもサポーターで固定し、1ヵ月弱で完治させたので、今回も大人しく医者の云うことを聞こうと思っている。
骨折 ?

骨折 2
靴下を履くにも、一人では大変苦労する。
会社にも迷惑をかけているし、山仲間にも(明日28日はパトロール・6月11日に沢行きを決めた山友にも)迷惑をかけるし、誠に困ったものだ。

なので、しばらくの間「思い出」を中心に書かせていただきます。

20:37 | 今日は | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

花???

昨日見つけた変なもの、花だと思うが何だか判らない。下の二枚の写真がそれですが、どなたか教えて頂けませんか?

何の花?

何の花? 2
標高1900m前後。笹原の中にある道の脇(日当りの良い場所)に咲いて?いました。 
イワカガミ
たった二輪だけ咲いていた、シロバナイワカガミ。1900m付近
20:34 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

山伏(やんぶし)から大谷崩

昨日の天気予報で晴れとのことだったので、勇んで出掛けたが目的地に近づくにつれ雲は低くなってきた。
山伏への登山口、西日影沢駐車場は満車。7時35分に歩き始め40分に登山口(940m)通過。西日影沢に沿いの道を登る。本流に架かる丸太橋を三回(左岸へ、右岸へ、左岸へ)渡り、最後の水場(1350m)まで1時間。沢沿いに登り、小尾根を越しトラバース気味に登るとヨモギ峠(1455m)。ここから尾根に絡みながら登って1776標高点付近まで1時間。
山伏山頂(2013.7m、二等三角点峰)着10時27分。
山伏山頂手前
山伏山頂手前(中央左が頂)
山伏山頂
一等三角点と山頂標識。 山伏に岳は付かない。
天気予報と大違いのガスで、展望全くナシ。晴れていれば、東に安倍峠の上に富士山、その右には安倍東稜の山々。北から西にかけて南アルプスと深南部の山々が見えるはず。

10分休んで、北東に延びる稜線を大谷崩の新窪乗越(しんくぼのっこし)まで行くことにして出発。こんな天気の時には、動物に遭える確立が高いので、チョット期待。しばらく下ると、後ろから話し声と鈴の音。これでは動物は逃げてしまうので、10分ほど休み先行してもらう。しかし10分では無理なことは判っている。遇えたのは鳥のホウジロ・ヤマガラ・ウグイスだけだったが、2-3mまで近寄ってきたが写真には撮れなかった。
11時53分 新窪乗越 着。ここで大休止を取ったが、Tシャツと薄手の長袖シャツでは寒くてかなわなかった。ここで一緒になった青年と「山岳会」の事などの話しをし、12時半過ぎ、下り始める。
少し下った所から、まだ棲んでいるか気になっているオコジョの糞を探したが、かなり日数の経った物しか見つからず、諦めかけたところでヤット見つけた。
オコジョの糞
1日経っていない オコジョの糞
崩れを下って行くと、左の五の沢から直径2-3mの新しい落石数個を確認。更に下ると右の鳩胸尾根からの巨大な落石が登山道を塞ぐ形で落ちているのを見つけた。
新しい落石(巨岩)
高さ2.5m・幅5-6mの落石

13時40分 大谷崩駐車場着。後は林道を下り、西日影に置いた車を取りに戻るだけ。ただ下るだけではつまらないので、道端のフキを採りながら歩いた。最後の休憩を取っていると、乗越で話しをしたS君(北海道日本ハムの人気者と同じ苗字)が車で通りかかり、西日影駐車場まで送ってくれた。時間も体力も大いに助かってしまった。
S君、ありがとう!





18:37 | 尾根 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

新しい仕事

安倍奥の山々のパトロールのほかに新しい仕事と書いたが、どうしようか迷ったがその内容を発表します。
市岳連創立55周年の記念事業として、安倍奥と南アルプスにある水場の水質検査をすることになった。各登山道沿いにある水場、約40ヶ所を調査する。
ことの発端は一般登山者から「この水は飲めますか?」という質問が数多くあり、岳連関係者もそれには明確な答えが出来ずにいたことが大きな理由である。
調査地と期間は、安倍奥(21ヶ所)は5月~6月と9月~10月の2回、南ア(19ヶ所)は7月~8月に1回に実施する。
調査の内容はpH・COD・NH4・NO2・NO3・PO4と大腸菌の7種類と水場の環境などである。
営業されている山小屋の水は、保健所により管理されているので除外し、無人小屋とテント場付近そして登山道沿いが調査対象として選ばれた。南アに関して1回としてあるが、各会が調査山行するのに日を違えて同じコースを歩くこともあるので、場所によっては複数回の調査がなされる所もあると思うし、指定外の水場の調査も行われるかも知れない。
調査結果は市岳連内に留まらず、何らかの方法で公表したいと考えている。
十枚 水場1
先日行った十枚山 第一水場
十枚 水場2
同じく 第二水場(ワサビ田跡)
十枚 水場3
同じく 第三水場

どんな結果が現れるか、楽しみでもあるし心配でもある。 
20:31 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

登頂祝い

今晩、会の月例会兼メンバーのロブジェ・イースト登頂を祝い飲み会があった。会の現役U氏と年は若いがOBのT氏を囲み、話しは大いに盛り上がった。会の創立70年を迎える2年後に、当会だけでトレッキングでもピークを狙うにしても「ヒマラヤに行こう」という話しでまとまってしまったようだ。私も時間とお金の折り合いが着けば、行ってみたいと思う。

会員が集まり始めた頃、先日書いた中学の担任だったS先生が偶然会場となった店に来店。お祝いにビールを置いていってくれた。私も直前に書いたばかりなので驚いたが、このブログを見ていた会員も驚いていた。
アルコールが残っていて何を書くのかまとまらないので、今日はこれまで!
続きを読む
23:37 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

十枚山(じゅうまいさん)

6時半には家を出ようと考えていたが、雨音が聞こえるので国交省の天気レーダー画面を覗いてみた。目的地に雨雲がかかっているが、9時頃には雨も止むだろうとみて、家を8時に出発。

登山口になる中ノ段(830m)に着いた時には雨も上がっていて、9時に歩き始めた。歩き始めて20分で、分岐着。右の十枚峠への道(左は頂上へ直接登る道)を進む。30分ほど登った所で、早々と下山してくるご夫婦に会った。直登コースを登られたそうで、私の前には二人の単独がいるとの事だった。
十枚峠に着くと、西にイザルゲ岳・光岳・大無間山・小無限山・黒法師岳・前黒法師岳などの南ア南部、深南部の山々が望まれた。
東の山梨県側から5人(富士市の方)が登ってきた。
アセビ
山頂直下に咲いていたアセビ
11時48分 十枚山々頂着。山頂には、南側の地蔵峠からの二人と、私の前を歩いていた一人がいて、もう一人は既に下ったとのこと。
山頂には標高の書かれた標識が立っているが、その全てが間違っている。
1726が国地院が測量した最新の標高だ。
安倍東稜の山々
十枚山山頂からの安倍東稜の山々。左から下十枚山・一つおいて岩岳・青笹・湯野岳・真富士山
南ア 聖・上河内
同じく、まだ雪の多い南アルプス。中央に聖岳・右の樹間に赤石岳・左に上河内岳
11時頃までは富士山の姿も見えたそうだが、東側はガスで全く視界なし。休憩中に直登コースから3人(愛知県の方)が登ってきた。今日の登山者は以上だと思った。
12時半、直登コースで下山開始。
十枚のブナ
山頂下の自然林(ブナなど)。運が良ければ?鹿に遭うことも。
30分程下った所で、十数人の団体さんに出会う。東京からのツアーだ。最後尾にいた一人が体調が悪いらしく、私と一緒に下山することになった。そこから十分程下った所で、また東京からの団体さん。これから山頂まで登ると、下山は5時を過ぎてしまうだろうに、何を考えているのか…!
13時35分、分岐。13時50分登山口に置いた車に戻り、一緒に下山した東京の男性を乗せマイクロバスまで送り、帰宅。



今日の主目的だったコシアブラの収穫には1週間ほど早く、やっと2cmほどの芽が幾つか出たばかりだった。アセビの花が残っていたということは、山は未だ、春になりきってはいないようだ。
再来週のパトロールの時に収穫できるのを楽しみにして…。

PS:1/25000地形図にも十枚山への登山道は記載されていない。
 

18:56 | 尾根 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

市岳連隊帰国

たった今、ネパールから無事帰宅 との電話があった。

登頂日(予定では5月5日)が前倒しになったのは、サーダーから「天気が崩れかけているので、一日でも早いほうが…」という具申があったからとの事。登頂翌日からはアラレが降り始め、飛行場のあるルクラに着く1時間ほど前から豪雨になり、サーダーの云うことを聞いて良かった。体調のトラブル(下痢など)はあったが、それ以外の民主化運動(デモ)などのトラブルには遇わず、全員元気に帰国した。

との報告だった。
17日の定例会で「詳しい報告」が聞けるので、その時にまた…。

明日の6時頃で雨が止みそうなので、チョット歩きに出かけてくる。
当然帰りがけに山菜の コシアブラ を採ってくるつもりだ。



22:10 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

ハイキング クラブ

1962年8月のある夜、父のもとに事故の一報が警察から届いた。それは北ア・屏風岩で起きたもので、当事者の中に私の担任の先生の名前があったからだった。屏風のどのルートを攀っていたのか覚えていないが、確か九州の山岳会の方が何人か亡くなられたように覚えている。
私はその時中学2年生だった。先生が静岡に戻り病院へ行くということを聞き、同級生数人と駆けつけ元気な顔を見て安心した。先生の話では「岩雪崩がおき、先生達の上にいたパーティの方達が亡くなり、自分達はクラックに頭を突っ込んで難を逃れたが、肩や背に打撲を負った」と聞いた。
その翌年(東京オリンピックの前年)、その先生が顧問になって中学にハイキングクラブが創設され、はからずも私が初代部長になってしまった。全国的に見ても中学校にハイキングクラブなどというものがあるのは、非常に珍しいものと思う。クラブは10年近く存続したようだが、山好きな先生がいなくなってから廃部になったようだ。
その当時の登山人口は非常に多く、日曜日の梅ヶ島温泉行きの一番バスは1台ではなく2台3台と増発されていた。そんな環境の中で、私の山登りが本格的に始まった。

続きは後日。
20:37 | 思い出 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

また雨?

週間天気予報では、今週末も雨!
予定では、白峰南嶺の水無峠山へ続く尾根を歩くつもりだったが、これでは、早々と白旗を揚げるしかないのかも…。 路のある所なら雨でも良いが、地図を見ながらヤブを漕ぐのに、雨が降っていたら最悪だ。
路のある山で、あわよくば山菜も採れるルートを考え始めた。先々週の情報では芽が出始めたばかりとの事だったので、標高の低い所を狙った方が良さそうだ。
それにしても、雨の中を合羽に地下足袋履いて木に登って新芽を採っているいる姿を、誰かに見られたら何と思われるだろう? なんて事を考えていたら、美味しいものは食べられない!し、雨の中を山に登る人なんて近頃はいない! 
遇うのはクマかカモシカ・イノシシくらいのものだし、奴らだってオイラが登ってきたと判れば逃げ出すさ! なんちゃって。


20:04 | 今日は | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

変更

 以前このブログに来られた方はアレッと気付かれたと思うが、テンプレートを変更した。大分前から気になったテンプレート(grayさん作・gray_green)があり、オリジナルからタイトル文字の色も変更して使わせて頂くことにした。 私としては、非常に気に入っている。

また  で、沢遊びが潰れてしまった。今年は何でこんなに、日曜に雨が降るんだろう? 土日が休みになる人は、どちらか天気の良い方に出掛ければいいんだろうが、私は日曜休みなのでチョットずれてくれたらと願っている。
しかし、前に書いた我家の井戸。100%とはいかないが大分回復した。静岡の水道は、東京などに比べると塩素の量が格段に少ない。でも、お茶(日本茶(緑茶)・紅茶など)を飲むには、井戸水は欠かせない。茶どころ静岡に住むものとして、お茶だけは美味しいものを飲みたい。だから、山に行った時に美味しそうな水を見つければ、家に持って帰り、それでお茶を楽しむこともある。

静岡でお茶といえば、緑茶。
皆さん、緑茶を多く飲む人にガンの発生率が少ないということをご存知ですか?

 緑茶を飲みましょう! 
14:29 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

市岳連隊 登頂

 ネパール、クーンブヒマールのロブジェ・イースト6119mに出かけた静岡市山岳連盟隊が、4日午前8時半(現地時間)登頂に成功したとの連絡が入った。6名の内5人が登った。「高度順応が成否の鍵を…」というのが計画の段階からあったが、それもうまくいったようだし、無事に帰国できるのを待つだけになった。
18:24 | 今日は | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑

初テント泊

 GW関係なしなので、今日も仕事。で、何処にも出掛けられないので、思い出を…。 

 初めてのテント泊は、大谷崩で小学5年の夏休み(今から46年前)のことだった。
静岡を流れる安倍川の最上流に、「大谷崩・おおやくずれ」という日本三大崩れの一つがある。
大谷崩の眺め
大谷崩から安倍川左岸の山々を
今は、左に見える斜面が緑に見えるが、当時は草がちょっとある程度だったし、下の写真のように、現在もなお崩落している。
大谷 五の沢

ここの景色は、他所では味わえない「奇異な」と表現するのがあっている気がする。

 父と同級生の三人で新田バス停から歩き始め、集落上の茶畑西端から大谷川に下り、左岸の樹林帯の中を踏み跡を探しながら登った。樹林に入ってまもなく、野生のウズラの親子に遇ったことを鮮明に覚えている。左岸を歩き続け、堰堤工事現場横の平に整地された所にテントを張った。翌日、大谷崩の新窪乗越(しんくぼのっこし)まで登った。大谷崩の頭まで登るつもりだったが、天気が崩れ始めたので下山。一泊だったのか二泊したのかは覚えていない。当時は寝袋など高価で買えず、父は米軍放出の寝袋、私達子供はウールの毛布で寝た。食事は、当然火を熾し飯盒でご飯を炊いたが、おかずの記憶はない。
 破片岩だらけの茶色の風景は、それまで登った山々と大きく違い、その後何十回と訪れる基になったような気がする。

 現在は、舗装された道路が大谷崩まで延びているので、新田から歩く人は少ないが、訪れる人は多い。
下は、大谷崩で遇ったカモシカ(中央に二頭、木の陰に一頭の親子三頭です)
大谷のカモシカ
写真は2005年10月撮影




7日の日曜は、シトシト程度の雨だったら予定通り藤代沢へ水遊びに
18:46 | 思い出 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑