再捜索 そのⅡ

今日の捜索でも、手掛かりなしだそうです。

今日の捜索は、湯の森から二王山に登り、南東尾根へ下る班が12名。椎の木沢をつめるのが9名で、これを4パーティに分け枝沢と支尾根を確認しました。

ご家族から「奥仙俣への道も」とのお話しがあったようですが、1003m標高点南の二王峠(990mコル)から奥仙俣へは作業用モノレールがあり、しかもその南側斜面は広く伐採(ヒノキの幼木林)されて視界の良い所で、急斜面ですが何の問題も起こりようが無いと思います。

こうなると先日「気になる場所」として指摘した三星峠をどうしても調べなければなりません。
今日の天気予報では2日は雨もよう、3日が曇り時々晴れということなので、3日に単独ででも(相棒を探してみますが)出かけるつもりです。


今年もあと3時間ほどになってしまいました。私の拙いブログにお付き合い頂きありがとうございました。 
「来年もよろしく」と、お願いしながら、06年を括らせて頂きます。
スポンサーサイト
20:41 | 遭難・事故 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

再捜索

今日の捜索でも、発見できませんでした。

捜索した場所は、大野沢と椎ノ木沢の間(北東尾根の両側)で、4班に分かれて実施したそうです。

明日の捜索は、二王山の南側から南東に延びる尾根(24日に捜索した尾根の上部)を調べるそうです。この尾根にも国地院の1/25000図に破線は書かれていません。湯の森から二王山へ登りこの尾根を下る班と、椎ノ木沢を詰める班に別れての捜索になります。

今日の静岡地方気象台観測の最低気温は-1.1℃でした。
昨日書きましたが、現地の地面は凍っていて「軽アイゼンでも、あったら」と、感じたそうです。

続きを読む
20:39 | 遭難・事故 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

安倍奥も白く

各地から雪の便りが届いていますが、静岡の山も雪化粧しました。

今日の午前中に安倍川上流の、山伏‐大谷嶺‐八紘嶺の1300m付近から上が白くなっていました。初雪はもっと早かったのですが、白く見えたのは今冬初めてで、例年と比較すると半月以上遅れているようです。山伏山頂南の「扇の崩」や大谷崩も白くなっていましたが、積雪量としては僅かだと思もわれます。

30・31日の捜索範囲に積雪が無いことは良かったのですが、昨日未明までの雨で日影部分の地面が凍っていると思われ、捜索はより困難なものになると…。
17:41 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

遭難 その後Ⅲ

24日の捜索終了後に「再捜索」という話しが出ていました。

そして、ご家族から正式に「見つかるまで捜索を」という要請が市岳連に出され、30日31日に各20名程が参加して捜索することになりました。

捜索する場所は、八森山への一般ルートがある北東尾根だそうです。
両日とも私は参加しませんが、結果はお知らせできると思います。

今回の遭難で捜索に関わった人数(警察、消防、地元消防と猟友会、岳連の凡その数字)は、
  19日  50名
  20日  50名
  21日  40名
  22日  30名
  23日  40名
  24日  40名
ここまで約250名と30・31日の40名。それに県警ヘリ・県防災ヘリの2機(各3日飛行)とその乗員(1機に5~6名)が加わります。

私の所属会のメンバーも、正月合宿を中止して参加することにしたそうです。 


 
21:16 | 遭難・事故 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

遭難 私は

ここ3回「二王山の遭難」に関して書かせてもらいました。そしてこの拙いブログへ、いつもの何倍もの方々がアクセスして下さいました。それだけ山に登ることを趣味?にされている方々にとって、他人事では無いと感じられたのだと思います。
そして皆さんが「早く見つかれば!」と、願っていてくれたと思います。しかし、結果は…。

要救助者はどこへ行ってしまったのでしょうか? 私なりに考えてみました。

登山歴は約30年、そしてヤブ山が好きだということですから、「地図読み」もそれなりに出来る方だと思います。そして国地院の1/25000湯の森を持って入山されたようです。
この地形図をご覧頂くと、湯の森から二王山(約1200m)そして西麓の奥仙俣間に破線が引かれ、登山道があることが判ります。しかし、南にある八森山(1044.6m)へ続く稜線には破線はありません。地図を読める方なら一部猛烈な笹薮がある稜線を南下し、八森山まで来ることはさほど難しいことではありません。そして携帯電話の電波は、八森山付近から発信されていました。
この二王山‐八森山間も捜索されました。1003標高点南の1010ピークには作業小屋もありますが、その他の場所でもビバークの跡(焚き火など)は見つかりませんでした。

ここからは私の考えです。 もう一度地図をご覧頂くと地図の下方に破線が見られ、東の中平と西の長妻田とが結ばれています。破線があるということは「湯の森から二王山への道と同等のものがある」と考えるのは普通のことではないでしょうか。そして八森山の三角点横には、そちらを示すプレートもあります。笹が生い茂り、所々にテープ等が散見され、さほどの困難も無く785m標高点に辿り着けると思います。問題はここからで、この標高点の場所は三星峠といいます。かつては生活のための峠だったのですが、現在は廃道状態なのです。西側は急傾斜の雑木の中に薄い踏み跡、北の沢沿いも薄い踏み跡ですが傾斜も緩く「水が得られる」と考えたら入ってしまうかも知れません。

私は、この三星峠への道を調べてみたいと思っています。過去に加わった遭難捜索でも、思わぬ所まで足を延ばしていた事例が多々ありました。会の正月山行「甲斐駒と仙丈」に行きたかったのですが、私的な理由で参加できなくなりました。なので2日か3日のどちらかに出掛けてみるつもりでいます。

21:56 | 遭難・事故 | comments (3) | trackbacks (0) | edit | page top↑

遭難 その後Ⅱ

昨日の捜索でも何も発見できませんでした。
そして昨日をもって、多人数での捜索は打ち切りとなりました。

捜索した所は安倍川の右岸で、消防団や猟友会の方々では捜索できない所です。そんな所に午前7時から30名を、上流側からと下流側からの二つの班に分けて捜索を始めました。
私達は10名で下流側から入り、幅約650m・標高差70~150mの範囲を5時間強掛かって調べました。
上流からの班も幅約700m・標高差200~300mの範囲を調べました。
残った何人かは、安倍川の川原を歩き、捜索範囲の下部を調べました。

私達は13時から、もう一ヶ所の気になる尾根(八森山北東)を調べに行きました。400m弱登り、そこから登山道の付いていない尾根を二手に分かれて下ったのですが、見かけたのは消防団の方達のものでしょうか、登った足跡を幾つかだけで下ったものはありませんでした。
上流側を調べた班も、その気になる尾根の下部を調べました。
捜索隊全員が本部に戻ったのは、15時半過ぎだったと思います。

今回の捜索では、携帯電話から発信されている微弱電波を元にしました。しかし捜索が終わった今、疑問に思うことがあります。
19日にNTTに調査を依頼し、その結果、有東木のアンテナがその微弱電波を捕らえていた(電波が途絶えた22日午後まで)のは事実です。これから推測できるのは、間違いなく八森山付近まで来られたことです。
S氏は40才頃から山に登り始め、今でも月に何回か登り続けていらしたようです。そんな氏の体力は、実年令よりかなり若かったと思われます。例年より暖かですし、入山二晩目で連絡が付かなくなったのは、滑落したとかの問題ではなく「携帯を落としたか置き忘れた」のではと思うのです。
そうすると18日夕から連絡が付かない状態ですが、S氏はそれ以降も捜索範囲外まで歩き続けているかも知れません。

今後の捜索がどうなるのか判りませんが、捜索範囲は考え直さねばならないのかもしれません。
 
続きを読む
20:54 | 遭難・事故 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

遭難 その後

今日の捜索では、発見できませんでした。
捜索に参加したのは静岡市山岳連盟から35名、警察の救助隊6名でした。昨日までの消防山岳警備隊と地元の消防団・猟友会の方々は特産品のワサビの収穫が忙しく、本来のお仕事に戻られました。

私は仕事のため捜索活動には参加できませんでしたが、17時から静岡市岳連の遭難対策委員長達と会合を持ち、今日の捜索結果の詳細を聴き、そして明日の捜索予定をたてました。

まずどこを捜索したかというと、二王山の約4km南にある八森山の東面の道と二つの沢です。
そこを捜索した理由は、前にも書いた携帯電話のGPS機能からです。この機能は待受け時でも微弱な電波(0.03w?)を発信し続けていて、何かに反射などせず直進し、アンテナまで届く(山の陰からは届かない)という性質を信じたことです。もよりのアンテナは登山口の入島、安倍川東岸の有東木、渡の大河内橋たもとの右岸の計3ヶ所にあります。その電波を受信したのは、有東木のアンテナでした。そしてそのアンテナまで行き、そこから見える範囲を地図上におとしたのです。
その結果が、今日の捜索範囲になったのです。

明日は、19日に捜索した尾根をもう一度やってみることにしました。尾根上には歩かれた痕跡も見つからなかったのですが、植林地のために視界が狭く、空からの捜索も不可能に近かった所です。2km強の尾根の安倍川側を重点に探します。平均斜度40度、部分的には60度程の所や垂直にちかいところも何ヶ所かあるので、市岳連から選りすぐりのメンバー約30名を集め、救助隊を加えた35名強で実施します。そして一人が10~15mの幅を目視しながら、登ったり下ったりを繰り返して捜索することになります。

S氏は17日の朝10時頃「湯の森」でバスを降りたのが、運転手によって確認されました。そして持っている携帯電話は、22日の15時に電池が無くなったようです。
朝晩の寒さも厳しくなり、時間も経過しました。明日も7時前から行動しますが、早く見つけたいと捜索隊全員が祈っています。


 
22:14 | 遭難・事故 | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑

遭難事故

残念なことに静岡市の山、二王山遭難事故が起きてしまいました。 

遭難者は埼玉県在住のS氏(71才の男性)で、17日に日帰りの予定で入山(単独)。18日午前にS氏の携帯から家に「二王山にいる。道に迷った」との電話。さらに夕方「川を渡りたいが、橋がない。登り返す」との電話がありましたが、その後連絡が取れない状態が続いています。
装備も不明ですし、食糧にしてもおにぎり程度だと思われます。またS氏はタバコを吸わないそうなので、ライターやコンロ等も持っていないのではと思われます。

県警山岳救助隊、静岡市消防山岳警備隊、消防団が19日から捜索していますが、未だに(21日夕現在)痕跡すら見つかっていません。ヘリコプターも飛ばしていますが、植林地が多いので空からの捜索は不可能に近いのです。

S氏の携帯電話にはGPS機能が付いていて、それによると二王山の南東方向にいるらしい。(街中なら受信アンテナが多いのでピンポイントで居場所が特定できるのだが、現地付近はアンテナが少ないので凡その場所しか判らないとのこと)


二王山へは「湯の森」から入山し往復(4時間ほど)するのが一般的です。南西の奥仙俣からは自家用車ならアプローチが簡単ですが、バス利用だと便数も少なく(1日に数便)、さらにバス停から登山口まで1時間強歩かねばなりません。入島(にゅうじま)からの道もありますが、登山口の標識も無く一般的ではありません。
S氏がどこの登山口から入山したのか、また何を利用して登山口まで行かれたのかも不明です。

湯の森から山頂までは道もハッキリしていますし分岐する道は無く、奥仙俣からの道も迷う所は殆んどありません。ただし、稜線を南下し奥仙俣への道を分岐すると稜線上には踏み跡しかないヤブ山となります。しかも稜線から派生する尾根へは、踏み跡さえありません(獣道はありますが、すぐに消えてしまうので、道ではないと気付くと思います)。山頂から西へは、もっと薄い踏み跡しかありません。

S氏がどこから二王山の情報を得たのか不明ですが、幾つかあるガイドブックにも湯の森からのルートしか掲載されていないと思います。

個人的な考えですが、S氏は山頂に着いた時点で時間に余裕を感じ(もしくは当初の計画通り)、稜線を南下。しかしその途中で下山する時刻となり、道無きところを東側に下り始めた。が、樹林の中で暗くなったのでビバーク。18日のS氏の「川を渡りたいが、橋がない」という言葉から、「川」は安倍川本流を指すと考えられ、午前中に安倍川が見える地点まで下ったが、川を渡れる場所が無いので登り返した。
以上のことから、道路が左岸にある場所付近にいるのではと推測しています。

先程ご家族から要請があり、23・24日に私を含めた静岡市山岳連盟加盟団体の会員が捜索に出動することになりました。

このブログをご覧の方で、17日に「二王山に登られた」とか「S氏?を見た」などの情報をお持ちの方がおられましたら、このブログに書き込んでいただくか、静岡中央署地域課(054-250-0110)に連絡をお願い致します。

21:15 | 遭難・事故 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

青笹

静岡には青笹という山が二つあります。一つは白峰南嶺の青薙岳と山伏の間にある2208.9m三角点峰。もう一つは安倍東山稜の地蔵峠と真富士山の間にある1550m峰(北側に1558m標高点があるピークがあるが、何故か南の低い方が山頂となっている)です。どちらも笹に覆われているので青笹なのだと…。

下の写真は05年3月の安倍・青笹の山頂です。雲の下に富士山が見えます。
青笹
360度の展望が得られる、眺めの良い山です。標識には青笹山と記されていますが、山は付かないのが本当です。



私が始めてここを訪れたのは、昭和38年の中学3年生の時でした。
時期は9月頃だったと思いますが、いつもの山行と同じく新静岡から梅ヶ島行きの始発バスにハイキングクラブで一級下のY君と乗りました。そして平野で下車。
今は800m付近(第三登山口)まで林道が延びていますが、その時は林道の工事が始まった直後でした。登山口を探しながら林道を歩き、まず第一真富士山(南峰)へ登り、そこから北上して第二真富士山(北峰)へ。今は途中のヲイ平から真富士峠(南峰と北峰のコル)への道がありますが、当時はありませんでした。真富士山は、当時も今も人気のある山です。
第二真富士山から北の稜線は、道も薄いヤブ山でした。1/50000の地図(1/25000はありませんでした)で向かう方向を確認して稜線を辿りましたが、1445m標高点(今は湯野岳と呼ばれています)を過ぎた所から猛烈な笹の中を歩くことになりました。笹の高さは2~3mもあり、人一人がやっと通れる幅だけが刈られていて、左右の視界は皆無という状態でした。そんな笹のジャングルの中を歩き浅間原で左の渡に下る道を見つけました。
浅間原
05年3月の写真です。奥の鉄塔下に渡への道があります。笹の濃さがお判りいただけますか?

さらに北上しピークを幾つか越えて、やっと笹から開放された所で地図とニラメッコをしました。そして判ったことは「青笹をいつの間にか通り越し、細島峠の南側まで来ている」ということでした。細島峠から有東木への道は道も薄く、歩いた経験もなかったので、もう一つ北の地蔵峠から下ることにしました。峠から開拓跡(現葵高原)、そして有東木の集落を過ぎ、渡本のバス停へは終バスに間に合うよう走って下ったのを覚えています。

「山は変わらない」と云いますが、このように劇的な変化をする事があります。それは青笹付近で昭和45年頃、笹が一斉に枯れたことがあります。その結果、青笹の展望が良くなったのです。(登山道などの笹は、毎年刈られています)

家に帰り入浴している最中に、右肩に異変を感じました。祖母に見てもらったら、ダニが半分肩の中に潜り込んでいました。祖母が縫い針で穿り出し(出てきた物は5mm位の長さがありました。思い出しながら調べたところ、マダニの1種と判りました)てくれましたが、笹薮を漕いでいるときに喰われたものだと思います。

私のヤブ山初体験はかなり大変なことだったのですが、ヤブ好きは今も変わらず、木の葉が無くなるこれからがシーズンと云えるかも知れません。
22:09 | 思い出 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

忘年会 Ⅱ

去る6日、所属会(静岡踏岳会)の忘年会があった。
会員全てが集まれなかったが参加者は12名、一人は遠く神奈川からの参加。
その彼(NET上で有名?な山旅メーリングリスト管理人)は2ヶ月前に結婚したので、その報告も兼ねての参加だった。
また怪我を治療中のT女史も元気な姿を見せてくれ、大いに盛り上がり仲間内だけの楽しく旨い酒が飲めた。

酒が入る前に、正月山行の目的地が仙丈ケ岳と甲斐駒ケ岳に決まった。
南ア光岳や深南部の縦走も案に上ったが、北沢峠からピストンできる上記ルートに決まった。
参加者は今のところ6名。
12月30日夜、静岡発。31日、戸台から北沢峠へ。元日に仙丈ケ岳へ。2日、甲斐駒ケ岳へ。3日に下山、静岡への予定。
多数の入山者で混むだろうが、たまには良いだろうと云うことだった。

私も参加する予定なので、新しい冬靴を探さねばならない。今度は崩壊の心配がない皮製に戻すつもり。来週、再来週の2日程で足に慣らさなければならないが、何とかなる(つもり)でしょう。
18:03 | 今日は | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

アイス

12/3に撮った写真です。
霧氷  クリックすると大きくなります
尾根の上部には霧氷が見られました。
沢に目をやると氷がありました。南沢には小滝・大滝というアイスクライミングに適した場所がありますが、未だ完全氷結にはいたっていないそうです。 
滝1
 
滝2
そして沢に張り出した枝や、石の上には面白い形をした氷がありました。
氷1

氷2

氷3

氷4

氷5

氷6

氷7


もし酒好きな方が見たら、この氷を使ってオンザロックを飲みたくなるのでは!?

19:44 | 今日は | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

プラシュー破壊

靴  クリックすると大きくなります

靴2
上の二枚の写真、何だか判りますか? 今朝、7時頃の出来事でした。

今日は毎年恒例の初雪踏み山行で、八ヶ岳の赤岳へ。
静岡を昨晩(12/2)19時半に出発。南アルプスICから小淵沢ICへ。
一般道に降りると道路脇は真っ白、早速雪が出迎えてくれた。
美濃戸口の気温は-1度。10時半に美濃戸に着き、12時頃シュラフの中に。

薄っすら積もった雪を踏みながら、美濃戸を6時過ぎ出発。
南沢沿いの道を右岸、左岸、右岸と渡り、大岩の手前で右足に違和感を感じた。樹林を外れ明るくなった所で右足を見ると、靴本体下部が割れているのを見つけた。同行の三人にリタイアを告げ、針金で応急修理を。それが上下3枚の写真です。
靴4  プラブーツの崩壊です。
   
K・Tさんのブログ山道を行くの「道具を語る10」にプラスチックブーツのことが、11月7日に書かれました。
私の靴も年代物(10年以上履きました)なので、点検はしっかりしたつもりでした。
しかし、破壊は突然訪れました。が、山頂近くで起きたのなら、今こうして書いていることはできなかったでしょう。
歩き始めて1時間ほどの場所で起きたことは、本当にラッキーでした。
靴3  駐車場に戻った時の状態です。
踵部分のみが、くっ付いています。 
3年ほど前からいつ壊れるか心配しながら履いていました。愛着のある靴でしたが、心置きなく履き潰すことができました。

今回の山行はこんな結果になりましたが、南沢で面白いものを見つけたので、しっかり写真に撮ってきました。その写真は後日紹介します。

そして下は八ヶ岳パーキングからの、権現岳(中央)です。
八ヶ岳

今日の美濃戸の最低気温は-7℃。赤岳付近では耐風姿勢をとっても飛ばされそうな強風が吹き、行者小屋から上の雪は多めだそうです。
赤岳山荘の母さんは「3日前までタンポポが咲いていて、季節が1ヶ月遅れている。先月雪が積もったが、それ以降は雨続き。今日が一番の寒さ」と、話していました。

21:06 | 今日は | comments (3) | trackbacks (0) | edit | page top↑