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安倍の山伏

Author:安倍の山伏
「静岡にある山」が大好きな
オジサン(静岡踏岳会所属・片山と申します)の山日記です。

静岡の山、特に「安倍川流域の山」について知りたいことがありましたら、下のメールフォームをご利用ください。出来る限り、お答えします。

 
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  懐かしい写真が
また古い写真が出てきました。

高瀬川1 クリックすると大きくなります
この風景はもう見ることができません。 なぜなら水没してしまったからです。

写真中央に針ノ木岳、左の山は船窪小屋のある七倉尾根?だと
こう書けばお判りかと思いますが、高瀬川沿いにあった東沢山荘と調整池です。



高校3年の夏(1966年)、クラス担任で生物部の顧問をしていたS崎先生に誘われ生物部の合宿に同行。
木崎湖畔の民宿に泊まり、イヤリ湿原でハッチョウトンボを追ったり、魚を釣ったりしました。
部員を二班に分け、先発組の「一人」と言うより歩荷・テントキーパーとしての役割でした。

葛温泉(現在地より少し上流だと)からトロッコの軌道上を歩いたのですが、枕木の間隔と歩幅が合わず非常に歩きにくかったです。
私も網を持たされ、何頭かの蝶を採ったのを覚えています。
そして着いた所が、ここ。 

高瀬川2
東電第五発電所とその調整池、東沢山荘のある、とても広い平地(半日歩いた山の中とは思えません)でした。 

写真にはテントが写っていますが、この後線路と高瀬川の間の平地に移動しました。

1969年から高瀬・七倉の両ダム工事が始まり10年後に完成ですから、水没してから30年が経とうとしています。
この調整池にはイワナが棲んでいました。 しかもとてつもなく大きなヤツが! 尺は小ぶりで50cmはあろうかという大物が、何匹も悠然と泳いでいたのです。 釣ろうとトライしたのですが、餌には見向きもされず悔しさだけが残ったのを覚えています。

高瀬川3

この滝(不動沢出合の滝?)もダム湖の下になり、見ることはできないでしょう。

下写真はどこを撮ったか記憶にありません。 ひょっとすると、唐沢岳の岩場かも・・・。
高瀬川4

写真は4枚とも赤っぽく変色していたので、見られる程度に補正しました。

思い出 | 21:10:48 | トラックバック(0件) | コメント(10通)
  コメント
貴重な写真ですね。
1966年とは、私が生まれた年です。
高瀬ダムができる前はこんなところだったのですね。
最後の写真は確かに唐沢岳幕岩かもしれません。
しかし6年以上前に2回行っただけなので、はっきりした記憶がないため、正確ではないです。
もし唐沢岳幕岩だとしたら、左手の露岩は東尾根1900mピークで、奥の稜線は東沢乗越の辺りでしょうか?
いつか行く機会があれば確認したいです。
2008-06-23 月 12:37:22 | URL | きもと [編集]
 
きもとさん、こんばんは。

40年も経つと、記憶もありません。
昔の地図を探し、道がどうなっていたのか確認しようと思ったのですが、地図を入れてある箱が見つかりません。
多分、すごい岩場を目にして撮ったものだと思います。 東沢(調整池のすぐ下)より下流左岸からの撮影(唐沢出合い付近・現高瀬ダム堰堤下)のようですし、樹木に隠れているピークは餓鬼岳ではないかと思います。
2008-06-24 火 22:06:02 | URL | かたやま [編集]
 
お久し振りです。

私にとっても懐かしい写真です。
1964年の11月私は北鎌尾根への荷揚げの為、七倉沢出会い付近からの林用軌道を重い荷を背に歩き、この東沢出会いの写真とほぼ同じ所にテントを張った記憶が蘇りました。

このときの写真は一枚も残っていないので記憶が断片的ですが、高瀬川沿の空がやけに広かったのは覚えております。今古い五万分の一の地形図を見ながら、当時の記憶を辿っておりますが、写真が無いのでなかなか難しいです。


2008-06-25 水 22:01:53 | URL | 三遠南信 [編集]
 
三遠南信さん、お久し振りです。

沢沿い樹林の中の軌道でした。 調整池に着いた時は、確かにや空が広かったです。
ところで、昔の5万図では唐沢出合付近は高瀬川のどちら側に軌道が書かれているでしょうか? 何回か鉄橋を渡ったように記憶しているのですが!
2008-06-27 金 22:40:53 | URL | かたやま [編集]
 
昭和36年発行の槍ヶ岳の地形図を見ながら書いています。

林用軌道は当初高瀬川の左岸から始まり、神ノ沢を渡ったすぐ先で右岸に渡ります。そして唐沢出会い手前の三ノ沢橋でまた左岸に渡り、右手に不動滝を見るとほんの少しで今は水没してしまった濁小屋です。

濁小屋から濁沢を渡りその少し先でまた右岸に渡ります。このあたりから川原は広くなり、最初の発電所の先の東沢出会い手前辺りからは、川原が一段と広くなっています。
調整池から先の林用軌道は、燕岳への道があったコジ沢出会いの先まで右岸を通っています。

10年前に黒岳、赤牛岳を訪れた時、葛温泉から高瀬ダムまで車で入りました。いくつものトンネルが続く立派な道で、山ノ神は7倉ダム湖に、不動滝は高瀬ダム湖に水没、昔の面影はありませんでした。しかし高瀬ダムから眺めた南方の広い空と山波は昔のままでした。
2008-06-30 月 11:28:14 | URL | 三遠南信 [編集]
 
貴重!
これは貴重な写真ですねー! 唐沢の岩場・・そんな感じですね。
滝つぼに悠然と泳いでいた バケモノイワナの姿・・見てみたかった
ですね〜♪ 九州の奥地・・宮崎の山奥に住んでる爺ちゃん、婆ちゃん達
は今でも「昔はこの辺りにイワナが棲んじょった!」と言います。
事実上 九州にはイワナは生息しない事になってますが、ひょっとしたら
一部の山奥にはその昔棲んでいたのかもしれません。 ロマンです♪
2008-07-01 火 12:36:08 | URL | 沢グルメ [編集]
 
三遠南信さん、レスが遅くなり申し訳ありません。

唐沢出合付近の道は左岸でしたか。 すると例の写真は唐沢幕岩に間違いなさそうですね!
しかし、濁小屋については記憶から飛んでしまっています。
ありがとうございました。
2008-07-03 木 17:31:51 | URL | かたやま [編集]
 
沢グルメさん、レスが遅くなり申し訳ありません。

お化けが何匹も悠然と泳いでいたこと、忘れられません。
九州にはエノハだけだと思っていました。 イワナもいたんですか!

40年程前まで安倍川流域にもイワナがいたのですが、絶滅したと云われてきました。 ところが今年の冬、偶然25cmクラスを見つけてしまったのです。 ひょっとしたら、九州にも未だ生息しているかも!

ところで、夏休みの南アはどこを計画していらっしゃるのですか?
2008-07-03 木 17:42:40 | URL | かたやま [編集]
 
懐かしい
初めまして〜
(みいさんのトコから来ました)
高瀬ダムに埋没する前の写真につられ、ついカキコです(笑

東京から信州に戻って入社1年目の盆休みが本格的山行再開でした。
記憶が定かでないのですが、埋没前の濁小屋?までマイカーで行けたような。。
あ、昭和46年の事ですw

ブナ立〜烏帽子〜三ツ岳〜野口五郎〜雲ノ平〜黒部源流〜三俣蓮華〜伊藤新道〜濁

のルートでした。
当時は写真もあまり撮らなかったので不動滝は懐かしいですね。
既に伊藤新道は廃道然、湯俣山荘はコンクリート倉庫が残るのみです。。。
そう言えば、一時期耽読した森村誠一氏の作品に「虚無の道標」だったか?エピローグでヘリから伊藤新道を俯瞰するシーンが妙に印象に残ってます。

初コメなのに、乱文ですみません。
2008-07-08 火 19:16:38 | URL | こば [編集]
 
コバさん、初めまして。 と云っても「みいさん」のところで度々拝見しているので初めてのような気がしません。 

コバさんが行かれたのは46年ですか。 その2年前の44年(1969)8月に葛温泉などが流されるという、高瀬川の洪水がありました。
復旧作業や、高瀬・七倉両ダムの工事で、濁小屋まで道路ができていたかも知れませんね。 

40年も前のことだと、記録も紛失(管理が悪いので)し、記憶も途切れ途切れ。 皆さんからのコメントなどで、何とか思い出すありさまです。

これからもよろしくです。
2008-07-10 木 17:48:07 | URL | かたやま [編集]
 
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