ハイキング クラブⅢ

前回服装・装備に触れたが、もう少し細かく。
私はキャラバンシューズ(ゴムの上にナイロン生地を貼った靴。革靴よりかなり安く、多数の人が履いていた。)を履いていた。初めて山歩きをした井川峠では何を履いていたか覚えていないが、富士山に始めて登った時(小3)にバスケットシューズを買ってもらった。その後中学に入ってキャラバンシューズを買ってもらい(父とは積雪期を除き月に1回は山に行っていたと思う)、そして中3の秋には憧れの黒い革靴になった。他の連中もだんだんキャラバンシューズを履くようになった。
 
ザックは帆布のサブザックで、雨具は無し(売ってはいたが、高くて買えないし、身体の小さな中学生に合う物など無かった)。傘も折りたたみ傘が発売される以前なので、それも無し。だから雨が降っても、濡れて歩いた。時計も高価なので、誰か一人が親の物を借りてきた。 
着衣は最初はYシャツと黒ズボンだったが、それも綿の山シャツとズボンとだいぶカラフルになってきた。肌着は当時流行の網シャツ(綿製の目の粗い魚網のようなもの)を着ているものが多かった。

ザックの中身はこの前も書いたが、弁当・水・タオルと着替えのシャツくらい。しかし、濡れないようにする工夫はされていなかった様に思う。人気があったのはその頃発売された粉末ジュースで、飲むためのコップも入っていた。

続く
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