天城・八丁池&皮子平

40年ほど前に歩いたコースを辿ってみ、また綺麗なコケを見に行ってきました。
 
140629 1
展望台から見た八丁池
4時に目覚めたら雨! 直ぐに止むだろうと思いながら、近所にあるコンビニで買い物をすませ、4:30に出発。
新東名にのり沼津を目指すが、富士川辺りではかなり強い雨が! 伊豆に入り、井上靖が「伊豆の踊り子」を書いたという湯ヶ島温泉を過ぎてもまだ降り続いていました。 道の駅「天城越え」に寄り、朝のお勤めを済ませ、天城トンネル手前にある水生地下(すいしょうちした)駐車場に着く直前にやっと雨が上がりました。 
140629 2
車に積んであった地下足袋にするか登山靴にするか悩みましたが、雨上がり直後で道が泥濘でいるかもと思い、登山靴をチョイスし、6:30に歩き始めました。
140629 3 駐車場正面にある、旧道にはいります
隣に停めてあった同年輩の方とほぼ同時にスタートし、旧道左手にある「伊豆の踊子」の文学碑を横に見ながら水生地へ。 彼は天城峠から登るようです。
140629 4  水生地に架かる白橋
橋を渡った正面に案内板があります。 昔、林業などに使用した多数の道が、登山道として再整備されています。
140629 5  写真をクリックすると大きくなります
今回の目的は「皮子平」のブナ(天城随一と云われている)を見ることと、雨期が一番綺麗だと思っているコケを見ることです。 皮子平へ直接行っても良かったのですが、2時間強の林道歩きが嫌だったので、思い出深い昔歩いた道を再訪しようと・・・。
水生地から本谷林道を辿ります。 すぐに橋があり、ゲートを潜って通り抜けます。  6:45
140629 6  140629 7
舗装された林道脇の数少ない花を見ながら登ると、
140629 8  140629 9
正面に看板が見えてきます。
140629 10
水生地歩道分岐です。 水生地(すいしょうち)とは変わった地名ですが、狩野川の源流で“水の生ずる地”の意ではないかと思います。 この水生地歩道は、本谷沿いに登って行きます。 この分岐の先300mに「下り御幸歩道」の分岐があり、こちらの方が八丁池まで距離的には短いです。 あまりの暑さに、ベストとシャツを脱ぎました。 7:10
140629 11  140629 12
植林の中を登って行くと、右下に8mほどの見、
140629 13
ワサビ田を見ると、水の涸れた本谷を左岸へ渡ります。 直線距離20mほどの木陰から、いきなりシカが走り出て来たのには肝を冷やしました。
140629 14
霧が出始め、涸れ沢横をしばらく登ると、「下り御幸歩道」への分岐に。
140629 15
分岐のすぐ上からブナが目立つようになり、霧の中に立つブナを見ながら一本。  7:55
140629 16  140629 17
すぐ上が「大見分岐」で、下山に使う天城峠への道が分かれています。 8:05
140629 18

八丁池下方のブナ林  ⇐動画を撮ってみました。 雑音も多いのですが、沢山の鳥の鳴き声も・・・。

140629 19  140629 20
霧に光が差し込み
140629 21  140629 22
だんだん薄くなり、
140629 23
薄暗い馬酔木のトンネルを抜けると
140629 24
空は、青くなっていました。
140629 25
天城南側の寒天林道への分岐を過ぎ
140629 26  140629 27
トイレ(通年使用可)の標識を見て
140629 28
再び動画 八丁池へ を撮ってみました。  8:50着

140629 29
八丁池畔には四阿が建っています。 木が大きく育っていて、手前の階段が何か不自然です。
140629 30
このコンクリートの階段の上には、その昔「八丁池山荘」という山小屋が建っていたのです。
40年ほど前にきた時には、泊めて頂きました。

未だ26・7才の頃だったと思いますが「静岡県スポーツ祭・登山の部」という催し(名称は変わりましたが、現在も静岡県山岳連盟主管で開催)がこの地で開かれ、私も通信隊の一員として参加しました。 今日のコースを登ってきて、山荘に停まったわけです。 翌朝は土砂降り。 朝食後、展望台(山荘からは電波が届かない)まで登って大仁にある大会本部へ万二郎へ向けて出発の報告。
山荘に戻る途中、もう一人の通信隊員(Y山岳会のS木君)から「今、歩き始めた。弁当・水は俺が持ったから、最後尾で落伍者を拾いながらきて」と無線で連絡が入りました。 
当時の無線機は大きく重く、それプラス単一乾電池を何本か持たないと一日持たないものでした。 そして雨具はゴム引き! ゴアテックスなどができる前でしたから、Tシャツの上に雨具を着ただけでも暑くて仕方がないものでした。
山荘に戻る頃には小降りになり、傘を差し、暑さ避けにカッパのボタンを幾つか外して追いかけ始めました。
山荘横から登る道は“沢の中に付けられたような道”で、 水溜りが幾つもできていました。 そんな一つにどうしても足を置かねばならなくなり、足を置いたら30cm程の深さで、 両足の靴の中まで水が!! これがケチの付初めでした。
白田峠・戸塚峠・小岳は順調に通過。 片瀬峠を過ぎ万三郎の登り辺りから、落伍者を拾い始めました。 私の前を歩いていた彼等が万二郎山頂手前で、右手に延びる道へ入って行きました。 慌てて彼等を止め、その先を見れば、足跡が続いています。 しかし、山頂への道には足跡がありません。 先行する参加者達が道を間違えたのは明らかです。 すぐに無線をとばし、S木君に「現在地の確認を!」と。 また私の傍にいる数名には「雨で座れないけど、腹拵えを」と指示。 無線を傍受していた本部から連絡があったり、S木君からも「腹拵えをしてから戻る」と。 本部から、私の傍にいる者を「先行下山させよ。下から迎えを出す」との指示。 結果、私一人が万二郎山頂手前で、登り返してくる大勢を待つことになったのでした。
水も、弁当も無いので本部に云うと、「そんな愚痴は聞いてられん!!」と、怒鳴られてしまいました。 腹の虫が鳴くのは我慢できても、喉の渇きは我慢できず、道の両側に生えている木の葉を舐めたのです。 舐めた途端、苦さで口が曲がってしまいました。 今はかなり大きくなっていますが、当時は高さ1.5m前後の馬酔木だったのです。 
小一時間後に登り返してきた大勢の最後尾に付き、ゴルフ場へ下ったのでした。
ゴルフ場の駐車場には、弁当と水を持った親父が待っていてくれ、県岳連の役員方達から「迷惑を掛けた、ご苦労様でした」と声を掛けて貰い、嬉しく思った物でした。
道を間違えた理由は聞いていません。 そのまま下れば箒山への道でゴルフ場とは180度違ってい、大量遭難になっていたかも・・・。
今、私のザックの中には、水が無くとも何とか食べられる非常食が2・3食分入っています。 そして、例えば昼食にお握りを持っていくとしたら、下山時に一個は残っているようにしています。 これも何かの時用です。

随分長い思い出を書いてしまいました。 皮子平と下山時の様子は次回に・・・。

PS:もし水が無く、雨が降っていても馬酔木の葉だけは舐めないで下さい。
スポンサーサイト
16:35 | 尾根 | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑
天城・八丁池&皮子平 Ⅱ | top | 臨時パトロール

comments

#
大変読み応えのある思い出話を、ありがとうございます。在りし日の八丁山荘の姿を見たくて検索してみましたが、見つけることはできませんでした。。

天城は近隣に住んでいたことがあり、旧道脇の川でよく釣りをしたことを思い出しました。
それでいて、八丁池は見たことがありませんので、近い将来出かけてみたいです。

下山後は温泉ですね!
by: itta | 2014/07/02 23:11 | URL [編集] | page top↑

post a comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

この記事のトラックバックURL:
http://sizuokanoyamatotani.blog58.fc2.com/tb.php/820-b3f4ec43
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)